事例紹介

「本音は、間に人が立って初めて出る」
第三者承継

~エステート・ワンが挑んだ、同業承継のいま~

近隣都市への進出をめざしていた不動産会社・エステート・ワン。その一歩は、思いがけない縁から、同業他社を引き継ぐM&Aへと展開していきました。当事者同士の「本音と遠慮の壁」を乗り越えるべく、栃木県事業承継・引継ぎ支援センターがどう支援したのか、春山社長にその道のりを聞きました。

■ 新規か、承継か――出店計画の入り口で

きっかけは、近隣都市への出店計画でした。地方の不動産取引では、地縁や長年の人間関係が大きな影響力を持ちます。土地に根ざした情報は、地元のつながりの中で動くもの。外から新しく入っていく側にとっては、まず信頼の輪に加わることが、何より難しいのです。エステート・ワンも、その入り口で足踏みをしていました。

新規出店するためには、それだけで数千万円ものコストがかかります。出店をどういう形で進めるか決めあぐねていたとき、同業者を通じて一つの話が持ち込まれます。地元で長年営まれてきた不動産会社が、後継者不在で事業の引き継ぎ先を探している――。新規出店ではなく承継へ。エステート・ワンの出店計画は、ここから大きく舵を切ることになりました。

■ 一人では、進められなかった

しかし、道のりは平坦ではありませんでした。春山社長は当初、自分だけで進めようと試みたといいます。

「M&Aの本を5、6冊読んでみたり、実際にM&Aの経験のある社長に連絡して、どのようであったかを聞いてみたり。でも、本に書いてあるのは規模の大きな話ばかりで、自分たちのケースとは全然違いました」

個人で抱えるには、時間も神経も足りません。とはいえ、うかつに周囲へ相談すれば、話が漏れて関係者に迷惑を掛けかねません。民間のコンサルタントに間に入ってもらえば、多額の費用がかかります。そんな行き詰まりのなかで、転機が訪れます。別件で地元の金融機関が訪ねてきた際、その場に同席していた栃木県事業承継・引継ぎ支援センターの担当者に案件が引き継がれたのです。

■ 会社の価値を、共通の言葉に

当センターでは、まず会社の状況をていねいに整理することから始めました。譲り受ける会社にどれだけの価値があるのか――その評価が曖昧なままでは、交渉は前に進みません。当センターが紹介した公認会計士がデューデリジェンス(適正評価手続き)を担い、簿価をもとに会社の価値を数字へと置き換えていきました。

売り手となる不動産会社の社長は、長く現場を率いてきた大ベテランです。だからこそ当センターは、一つひとつの条件を、その都度ていねいに確認しながら進めました。決めたことは合意文書として残して、「言った・言わない」が生まれないように配慮しました。双方が同じ絵を見ながら歩めるよう、地道な作業を積み重ねたことが、以後の交渉の確かな土台となっていきます。

■ 第三者だからこそ、引き出せた本音

それでも、最後の壁は金額でした。条件をまとめ、価額の合意が目前という段階で、売り手の様子がわずかに変わります。いつもは笑顔で「大丈夫です」と応じる人が、その日はどこかそっけない雰囲気でした。何か引っかかっている――そう察した春山社長は、当センターに「本音を聞き出してきてはもらえませんか」と依頼されました。

春山社長は「相手の社長は、私の親よりも上の世代の方なんです。だから、こちらからお願いするようなことは、どうしてもできなくて」と振り返ります。当事者同士では、互いに遠慮が働きます。売り手は言いにくいことを言えず、買い手も強くは押しにくい。そこで当センターが、売り手の本音を預かる形で間に入りました。すると、金額の裏にあった売り手の想いが見えてきます。会社を築いた創業者への深い恩義、それに少しでも報いたい、そこに売り手自身の利益ではなく、創業者への恩返しという心が籠っていました。当事者だけでは決して表に出なかった気持ちが、第三者が間に立ったことで、ようやく言葉になったのです。

二週間に一度の面談を重ね、最後には週に二度足を運ぶなど、当センターは双方の間を往復しました。第三者として本音を橋渡しする、その積み重ねが決裂しかけた交渉を着地へと導いていきました。

■ 引き継いだのは、数字にできない価値

エステート・ワンには、年内に方針を決めきるという明確な期限がありました。出店に向けて、すでに人員も確保していたからです。急ぐ買い手と、じっくり構える売り手。その温度差もまた、第三者が間に入ることで少しずつ埋まり、年内の実行にこぎ着けました。

引き継いだのは、会社の看板だけではありません。長年の取引で培われた人脈、地域ごとの土地の事情を知り尽くしたベテラン社員、そして数百件に上る管理物件。開発許可の要否や、過去の水害の履歴といった、その土地に長くいなければ分からない知見は、新規出店では決して得られなかったものです。人ごと、歴史ごと引き継ぐ――それがM&Aという承継のかたちです。

「本に書いてあることとは、全然違いました」と春山社長は振り返ります。大きな会社同士であれば、数字だけで進む交渉もあるでしょう。しかし、小さな会社ではより人と人との距離が近く、心が絡みます。相手を敬うからこそ言えなくなる本音があり、歴史があるからこそ手放せない想いがあります。その一つひとつに、間に立つ誰かがそっと寄り添えたとき、承継は前へ進みます。親よりも年の離れた相手を立てて振る舞う春山社長の姿には、引き継ぐという営みの、いちばん確かな部分がありました。

栃木県事業承継・引継ぎ支援センターは、規模の大小を問わず、当事者だけでは越えられない壁を、これからも一緒に越えていきます。

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〈譲受企業の概要〉
会社名:㈱エステート・ワン/代表者:春山 勝義(46歳)/所在地:足利市/設立年月:1988年6月/資本金:1,000万円/業種:不動産業/従業員:30人/相談から譲受けまでの期間:6カ月

〈譲渡企業の概要〉
情報非公開

〈事業譲渡の概要〉
譲渡方法:株式譲渡/支援方法:M&Aの仲介